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続)人生をより豊かに過ごす考え方

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人の感覚は他人には分からない。

「大きなバームクーヘンを残してあげるやさしさ」は本当にやさしいのか。思いやりがあると言えるのだろうか。


今、目の前にあるバームクーヘン。
左は大きく、右のは小さい。

もし、大きい方を残したところで、それを食べようとしたヤツの感覚としては「小せぇな…」と感じる可能性がある。

パッと見ても元の大きさよりは、1/4いや、1/5もない。
1/5の大きさもないバームクーヘンが、はたして大きいと言えるのだろうか。
それが、やさしさだと自分で勘違いしてはいないだろうか。

誰しもこのような事で、他人とトラブルになった経験はあるでしょう。
良かれと思ってやったことが、逆の結果を引き起こす。

まさに、今回が典型例。

次の人に大きなバームクーヘンを食べてもらいたいという優しさで、自分は小さなバームクーヘンで我慢する。
もっと言うと、その小さなバームクーヘンで我慢していることは、誰も知らない。
足長おじさんとまでは言わないが、それに準ずる行為である。

だが、他人のためにと思いやった行動が裏目に出て、逆に不仲になる事がある。
誤解でもなく、なんと表現したらいいのだろうか…というあの思い。

もう一度言う。小さなバームクーヘンを選んだことは、誰も知らない。

さらに言えば、善意で大きなバームクーヘンを残したのに、思いもよらない結果が待ち受けている可能性がある。

オマエは、大きなバームクーヘンを食べたんだろう。なんて欲張りなヤツなんだ!

つまり、相手からしてみると残されたバームクーヘンよりも、もっと大きなバームクーヘンがあったはずだということだ。

それをオマエが食べ、俺に残したのは”小さなバームクーヘン”であったと、怒り狂っているのだ。

そんな理不尽な…と思っても、もうどうにもならない。
相手は、そう捉えているのだもの。

そんな俺も、こんなことで友や恋人、職場の仲間、それに身近な家族…大切な人たちを何人も失ってきた…。
600人は下らない…。

てか、今ふと思ったのだけれど、なぜこの大きさなのか。

この家の人数は5名。
5等分にしなきゃならないのになんで、この大きさなのか。
大きいほうだけ見ても、決して5等分にしているとは到底、思えない。

円のカーブからして、大目に見ても8等分じゃないだろうか。

ふーむ…これはカットした奴が悪い。
悪意があるカットだ。

もしくは、カットした奴が食べるだけ食べて、残りを人数で切り分けたのかもしれない。

あと、もう一つ疑念が残る。

なぜ、中途半端な大きさのバームクーヘンを「大」と「小」に切り分けたのか。
「中」×2つでは、なぜダメだったのか。

迷宮入りだな。

続く…。

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今回は、和牛モモ(右)だぞ。

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